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help リーダーに追加 RSS 祈り・写真家Masa Kawashima写真集より

<<   作成日時 : 2006/08/11 15:01   >>

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 武道というものは、不思議なものである。試合で勝っても「誇っては、いけない」。勝った相手のところに行き「ありがとうございました」「参りました」と礼をする。ボクシングの最近見た試合のように高言は、しない。もし、高言したら品格のない奴と周りから言われてします。審判に判定の不服も許されない。仮に判定ミスで負けてもミスの原因は、「己にあり」と言うことになる。選手も「俺は、これだけやっている!!」などと言わない「淡々」としている。このような試合なので応援する側も大変だ!ただただ、祈り!声を発する!その気持ちがこの写真には、よく表現されている。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
 武神は多くを語らず。求むる者の心に静かに宿る。武は必勝の信念を有する時に、静かに他者と対峙させる。強さは如何に平静になれるかと同義である。虚心坦懐に対するべし。
 幼少拳士ほど真摯な姿勢を見せていたのが印象的だった。雑念が少ないからであろう。試合終了後、私のところに来て、本当に素直に結果を話した小学生がいたが、武神の姿が感じられた。将来は兄をしのぐ人物になれるだろう。祈、精進努力!
鳳来の熊
2006/08/14 09:21
すごい闘いでしたね∧0∧! 子供ながらもほめてやりたい・・・・
miki
2006/08/28 00:11
どこが?
日本の武士道は死んでるよ、、とっくに
どんなきれい事ざわごとを言っても空手ならば”極意は撲殺、拳は凶器”だろ、、?
やってることはダンスと同じなんじゃないのか?
武士道とかなんとかざわごとをほざく輩は
実際に試合中に相手を殺した事のない輩がほざくことじゃないのか?
中学で試合中に相手の水月に縦拳が入って理由はどうあれ
殺してしまったら、、、武士道なんて、、、っておもわないのか?
あんたは?
yuuya
2006/09/21 23:58
yuuyaさんへ!空想での話は、あくまで空想! 実際に人をあやめてしまったから更に己を抑制する心をもとうとしている。もうこれ以上、空想で話さないでほしい。
kenshin
2006/10/11 17:01
武道学の見地から一言。先ず武士道を「武道」「士道」と置換定義し、「空手をやっているから武道者では、ない。空手と武道とは、異質のものである。」ことを認識いただきたい。
 新田一郎教授は、歴史学的に「相撲=国技=武士道(武道)とするのも間違い」であり、元々、相撲は、見世物で武士の営為には、なく「相撲をするものが武道をする者では、ない」と述べこのことは、誰にでも分かりやすい史実でした。更に「過激な戦闘殺人集団の武士たちが自らを抑制するために産まれたのが武士道という武士の行動の基本(哲学)である。」とも言っています。
   続く
Takei.N
URL
2006/10/12 09:34
 続き
 Kenshin氏が「己を抑制する心」といっているのがこのことだと思います。わたしが、推察する人物であれば、海外にもわたり武道を紹介するなかで悲壮な経験(試合でない経験・・・心境を察しこの言葉で表します)もされた方と推測します。
 さて、「試合(ためしあい)」は、あくまで試しあいで、ルールが存在し競技に他なりません。(TVでの過激な格闘技も競技です。) 武士道とは、剣道、柔道、拳法、相撲などの競技とは、異質なものであることは、お分かりになったと思います。したがって、日本古来の思想学「武士道」を学び求道し励行を常とするものが武道をするものといえます。
 日本武道学会では、マスメディアやわが国の教育の在り方などからこのように誤解を招く事態を少なくするため、武道学の研鑽と指導者の指導向上を推進していますので 日本武道学会のホームページも是非ご覧ください。活動の様子が伺えます。
 PS:最後に写真家の川嶋先生の写真やコメントは、武道とは、何だろう??という表現にあります。この疑問こそが求道の入り口と思います!
Takei.N
URL
2006/10/12 09:39

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