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オセアニアの会社で働いていると夜5時になるとそそくさと家に帰るしばらくすると皆戻ってきて残業をする。都市の大きさや住まいまでの時間もあるがどこえ行くのだと聞くと「家庭に戻り皆で食事をする」と答える。そこで、口をそろえて「バラバラの食事では、不合理」という。 親子揃って食事をしながらコミュニュケーションをはかることと主婦への合理性を考慮しているのだ。 おそらく今の日本には、子供も親も時間的「余裕」がないのではないかと思う。 しかし、その異常な環境があたり前となり「家庭も異常」となっている事に麻痺している。 真の家庭での躾が十分でないため「不義を行っても不義と思わず。悪を行っても悪と思わず。」の末期的日本人が大半を占めこの大半が日本の理念に変わっている。 わが身を少し振り返って!!! 小中学生の40%は、子供だけで朝食事をして14年前の1.5倍にふくれあがっている。今、家庭の徳育・躾の場は、いずこ!! |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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日本では常に合理的なるものが求められてきた。食事一つ取っても、食べられる時に食べればよいと考えられてきた。ご飯と味噌汁、もう一品あれば上等だった時代にはそれでよかった。生活が豊かになって、子供の生活すら「個人の尊重」などという上辺の理想(実は信念も、確固たる理念もない親の逃げ口上でしかない)の横行で、マイナス面だけが強調されるようになって、まっとうな育ち方をしている例が省みられなくなっただけではないのか。「子供は親の背中を観て育つ」は真理である。家族そろっての食事だけが健全な子供を育成できる手段ではない。 |
鳳来の熊 2007/05/19 07:37 |
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